2012年08月27日
淑女のお修行 魔界編
※シェリスエルネスとランセリィは、悪魔っ娘。茜は人間。三人共、女性。
「……手鏡? ……いや、フライパン……、か?」
「ではなくて。……なんでわざわざ、風情の無い方に言い直すのかしら」
掌サイズの浅いお皿に、持ち手のような柄(え)が付いていれば、大抵はそこら辺が発想の候補になるだろう。
多分。
ちなみにシェリスエルネスがしてみせたことには……、
(尻尾で持つ用の取っ手かよ)
魔姫の脇に並べられた、不確定名「? 上からぺちゃんこに潰されたカップ」やら「? 裏底に鏃型の窪みがある平皿」やらの正体が判明して、唸る茜である。
「まずは、これを揺らさずに『持つ』ことから始めるのですわ、ランセリィ」
木戸茜のアパートの居間だった。そこの丸い卓袱台に上品に腰掛けて――彼女がそれを「貧相なベンチ」だと思い込んでいるのは疑う余地の無い所である――シェリスエルネスは、黒く艶やかなエナメル質に輝く尻尾をテイル・プレートの持ち手に巻き付け、娘に行儀作法の指導を行っていた。自分の皿は右斜め前方、肘掛け椅子ならアームレストがあるであろう位置に保持し、微動だにさせていない。
素人の茜の目から見ても、その鏃型尻尾の落ち着いた佇まいからは、「手入れの行き届いた古城の鉄柵に、泰然と巻き付いている草蔓」などといった華美な印象を受けなくもない。いや、「樹木の枝に巻き付き、獲物が通りがかるのをじっと待ち受けている蛇」、かもしれない。
どちらにしろ、異界の気品を感じさせるものではあった。
「あー、こっちにもあるな。頭の上に本を乗っけて、落とさずに歩け、みたいなの」
日本人としての意地とあてつけで、魔姫の向かって右隣に、きちんと畳に胡座をかいて着座している赤毛の退魔師である。席順的には左側だ。それが常夜の姫君には、「椅子に座った主の傍らで、従者が床に膝を突いて控えている」ように見えたらしい。何やらご満悦な微笑みを浮かべて、「茜には五月蠅い指導の必要は無さそうですわね」などと仰られたことだった。
まあ、シェリスエルネスの心臓を(彼女が正しい作法で卓袱台と向かい合って座ってさえいれば)守れる位置ではある。誤解では無い。自然に間違いに気づかせようという目論見は外れたが、何かが免除されたのならば、そのままにしておいても罰(ばち)は当たるまい。
「魔界では石板を乗せますわね。重いわ、ざらざらしているわ、あれは髪が傷んで戴けない風習でしたわ……。落とすと必ず爪先に当たるように呪いが掛けられているし」
こちらは人界の物と変わらない様式のソーサーを左手で持ち上げ、ティーカップの把手(はしゅ)に右指を通し、優雅に紅茶を嗜みながら、当時のことを思い出したのか、コキコキと首を鳴らしてくる紫髪の魔姫だ。そこから尻尾に支えられ、衛星のように距離を置いているテイル・プレートが、お茶姿の良いアクセントになっている。
(中身は、あたしの淹れたインスタント・ティーなんだけどな)
口に含んだ時、「あら、茜にしては……」などと怪訝な顔をされたが、やはり正体を知ったら怒るのだろうか? 元々他所の土地のお茶なので、味をとやかく言うつもりは無かったようだが、「自城菜園で摘む所から始めていない、お湯を注ぐ前は全て他所の手任せ」などという想像を絶する非礼をしでかされていたと彼女が想定に入れているのかいないのか。案外それが、命に危険が及ぶかどうかの分水嶺になるのかもしれない。
(ま、どうだっていいやなぁ。あたしにお行儀を求める方が間違ってらぁ)
とっくの昔に開き直り、野性的な四肢で伸びをする茜の目の前で、すいっとシェリスの尻尾がプレートを動かした。まるでアメンボが池面を滑(すべ)るような滑(なめ)らかな動きを、ランセに見せている。
「ほら、慣れれば上下左右、四方八方、好きな所に動かして、ピタリと止められるようになりますわよ」
ちなみにシェリスエルネスは実演の為に動かしたようなことを言っているが――。
(おかわりか……)
腐れ縁の退魔師は、自分の膝の、コンビニ煎餅のビニール袋を、がさがさ、と開いた。
「ん、ん」と、鼻先に空のお皿を突き出されて催促されるがままに、その上に一口サイズの胡麻煎餅を数枚、乗せてやる。餌を咥えて引き上げる猫そのままに、すいっと、お皿が元の位置へと戻っていく。カリッ。魔姫の右手がソーサーにカップを置いて煎餅を摘む動きを見逃した。それぐらい洗練されていて隙の無い動作だった。これが高じると、乱戦中に、ひょいっ、と繊手を伸ばして相手の頸動脈を掻っ切れるようになるのだろう。
「ふぅむ。人界のクッキーは変わった味わいですのね」
(煎餅はクッキーかなぁ……。小麦粉使ってねぇから、違ぇだろうなぁ……)
だが、ポテトチップスならぬ米粉チップスの生まれ出るご時世だ。些細な問題だろう。
「ん」
「ほい」
どうやら、お気に召したようでもあるし。
機会があれば、甘辛いザラメ付きの物も試して頂こう。
そんな取り留めも無い思考を脳内に垂れ流しながら、茜は場繫ぎ程度に尋ねてみることだ。
「魔界に煎――こういうクッキーってねぇの?」
「さぁ、どうだったかしら。有ったかもしれないけれど、似たようなので大きいのをパルセイズがいつもバリバリと囓っていたから、穢れた食物のように思えて意識から削除していたのかもしれませんわね」
ちなみにパルセイズというのはシェリスエルネスと仲の悪い異母妹で、人型はしておらず、魔姫とは全く思想の相容れない、この世の醜悪の全てを詰め込んだような大怪龍なのだそうだ。うわばみたる彼女が息を一つ吸うと、魔王の城の酒樽が全て干上がるらしい。
そんなもんかね、と肩を竦めて適当な相槌を打ち、気を抜いた様子の退魔師は、さっきから会話に加わってこないランセリィを見遣った。六人掛けの卓袱台――部屋の主は一人暮らしだったので不要な広さに思えるが、作業台代わりでもあった――だ。今使われている面積は五分の二程度で、漆黒のゴシックドレスを銀糸と三日月のペンダントで飾った幼い少女が、茜を挟んだシェリスの斜め対面にいる。短い黒髪を戦慄かせ、茜譲りのアホ毛とシェリス譲りの蒼瞳とで、前方を刺すように睨み付けている。
「うーっ! う〜〜ぅぅぅっっ!!」
本来なら。
知識搾取などという反則技によって人界の常識を豊富に身につけている、この魔姫と退魔師の娘が、母体である所の常夜の姫君の間違いを意地悪く指摘して、とっととベンチ――卓袱台である。彼の名誉にかけて――から引き摺り降ろしていて然るべきである。
だが、「ププーッ。たっぷり座らせてから指摘して、大恥掻かせてやろっと♪」と企みを巡らせていた間隙を突かれ、シェリスエルネスから行儀作法の鍛錬メニューを言い渡された瞬間から、彼女はこの場のヒエラルキーの最下層に叩き落とされ、そこを無惨にのたうち回らされ続けているのだった。
とても今更、指摘出来るような状況では無い。
課題をこなせないからと、むくれて別の事で反撃したように思われるのは、ランセリィ的に耐えられないことなのだ。
「こ、これっ、一時間、続けっ、て……! それっ、から、シェリ……に、土下座……させてやる……っ!」
と、獰猛に八重歯を剥きつつ魔少女は、卓袱台の縁を両手で掴み、座布団も敷かずに正座して、目の前に回した尻尾で『握った』お皿を必死に睨(ね)め続けている。
それには水が張られていて、表面に波を作らないように静かに持っていればいいのだが……。
――ぷるぷる。
――ぷるぷるぷる、ぶるっ。
――……ぷる、ぷる、ぶ。ぶ、るぷ、……ぶ。
――ブルブルッ、ブルブルブルルブル゛ル゛ル゛!
「あ゛、あ゛、あ゛――っ、ぅ〜〜ぅぅうう゛ううっっ!?」
こちらのアメンボは、溺死寸前だ。
どうにもこうにも、これが苦手であるらしい。かつて、このアパートで老執事の心を挫く程の華麗な曲芸を見せたとは思えない、目を覆う無様さだった。
ランセリィも魔物の中では虚弱で、かなり基礎筋力の低い方ではある。だが、それでも尻尾でテイル・プレートを持ち上げる程度は、何でも無い筈なのだ。何せ、自分の銛型尻尾で剣の柄を握ってシェリスの首を落とそうと振り回したこともあれば、魔姫の知識を喰らってコツやら何やらは「識って」もいる筈なのだから。
その気になれば簡単に実行出来るだけの能力を持ち合わせておきながら、ここまで苦戦しているのは、全て彼女の落ち着きのない性格が原因だった。睨み合いで場が膠着すれば、必ず自分から動いて引っ掻き回して状況を有利に持って行こうとする彼女である。
じっと同じ姿勢や状態を保っていろと言われるのは、鰹(かつお)が泳ぐのを止めろと言われるに等しい。呼吸方法を泳ぐことに頼っている彼(か)の魚は、泳ぐのを止めると死んでしまうというのに。
水を零さないように慌てながらも、悔し紛れに訴えるランセリィ。
「わた、わたたっし、つっ『月』で『炎』だっかかからっ、変化を求めてゆらゆら揺れ……っ……揺れれれッッ……揺れるのぉっ! じぃっとしてればいい闇の人とは違うんだからぁ!!」
「その闇が竜巻の如く猛ることもあれば、月光が致命的な真実だけを照らすことも、蝋燭の火が細い糸だけを灼き切ることもあってよ。出来なくてもいい理由にはなりませんわね」
一蹴である。
魔姫が嘆息する。
「思った通りの様子になっていますわ。貴方、技を多用した戦い方をするのに、何と言うか、こう、その技自体が力尽くで騒々しいのですわ」
曰く、そのスタイル自体は否定しないし好きにやればいいだろうが、実際の動作に混じる微妙なブレが、ランセリィの攻撃から凄みを奪っている、……らしい。
「そんなことでは、尻尾で正確に相手の眼球を突いて抉り出すことなど、叶わなくってよ?」
礼儀作法、どこ行った?
と一瞬、心の中でつっこんだ茜であったが、思い直す。
これで彼女基準の「誇り」さえ絡まなければ現実主義者のシェリスエルネスである。体面を飾らせるだけの理由で、ランセリィの持ち味を殺すような特訓をさせはすまい。寧ろ、下手に戦闘訓練などと言い出せば娘が猛反発するのが分かりきっていたから、立ち居振る舞いの話にかこつけて、別のことを伝えようとしているのだろう。
(何だかなぁ。血塗れだろうが、他の液体に塗れてようが、やっぱりこいつはお嬢様なんだよなぁ……。気遣いも微妙に出来やがるし)
実はシェリスエルネス、もう一つの鍛錬も難なくこなしている。
二対四枚の蝙蝠翼の先端に一枚ずつ折り紙を乗せていて、隙間風が吹いてもランセリィがガタガタ卓袱台を揺らしても、一回も落としていないのだ。
彼女自身が身体を揺らしていない訳でも無い。紅茶を啜る時、クッキー(胡麻煎餅)を囓る時、緩やかにではあるものの、ごく自然に傾いたりしている。なのに折り紙に変化が生じないのは、羽根の根元が自然と角度を取って、風に対抗したり揺れを先端まで伝えずに吸収したりしているからだった。最先端のオートバランサーも吃驚である。
(大した無駄スペックなこって)
でもないのか。こういった身の御し方の積み重ねが、気流に揉まれても平然と姿勢を保ち続けられる飛行法へと繋がっている、のかもしれない。
ランセリィの羽根に乗せられていた物は、とうの昔に落っこちて、包みに仕舞い直されていた。「わっ、わたしは思春期だから、翼に触れている物は全部叩き落としたくなるんだよっ」とは、本人の談。
既にそっちで張り合うのは諦めていたので、ますますお皿に懸命なのだった。
(なんつーか、身体のパーツが多いと、それはそれで大変なんだなぁ……)
密かに、自分にも角があれば頭突きに便利なのにな、などと考えていた茜だったのだが、この様子では重心の取り方やら人への向け方やら、途方も無い作法がありそうだ。
(あたしも師匠直伝のタマの蹴り上げ方でも稽古つけてやりゃあ、こいつの役に立つのかねぇ?)
どうも茜とは対等な関係を維持したいらしく、積極的には知識を奪ってこようとはしないランセリィである。身体を押さえ込まれて殆ど自由が効かない時用に、中国武術の寸勁を応用した蹴り方や、肉体の硬い部位をグリッと押しつけて胡桃を割る訓練などもあるのだが、それは彼女に伝わっていただろうか?
いや、それよりも、シェリスエルネスにベンチと卓袱台の違いについて説明してやるのが先か。なるだけ、木戸茜や人界の人間は椅子をテーブル代わりに使うほど野蛮、もしくは困窮しているのかと、誤解を与えない言い方で、だ。
(しっかし考えてみりゃ、あたしゃぁなぁ……、いつもは平気でテーブルやらバーのカウンターやらに腰掛けっしなぁ……。卓袱台でだけ、偉そうに説教が出来る身分でもなかったやなぁ?)
いやいや、それとこれとは違う筈なのだ。しかし、こうも堂々とやんごとない挙措を見せつけられてしまうと、まるでここは公園で噴水の周りに腰掛けの縁でも迫(せ)り出していて、皆でそこに集まってアフタヌーン・ティでも楽しんでいるかのような錯覚に陥ってしまうのである。一言で言えば、間違いを指摘する方が野暮、的な。
(案外、こいつがここに百年ぐれぇ居座ってたら、「卓袱台は腰掛ける物」ってことになってるかもしれねぇなぁ)
そんな故事があった気がする。人界の常識を侵そうとする魔界の瘴気は、かくも強力な物なのだ。どのみち、夕飯時になって料理を並べ出したら判明してしまうことではあるが。事に依ると、食べ物を載せる場所に腰を下ろしていたことでシェリスエルネスは恥じ入るかもしれないし、それまでに適当なフォローを考えておこう。
つらつらと、そんな物思いに沈んでいると、とうとうランセリィが根を上げた。
「だ……駄目ぇっ、もう駄目ぇぇっ!」
変な行儀の良さと敢闘精神を発揮して、最後まで放り投げたりはしない魔少女である。あらかじめ広げておいたタオル型のスライムの上に、力尽きて取り零されたお皿が落下する。グニュリ、とプレートを受け止めた青い粘体魔法生物が、張られていた水を飛び散る前に掻き集め、無駄にしないよう再びプレートに戻すと、トライ・アゲインということなのか自分の頭の上に水平に置き直したことだ。
「ふふん、教えることが有って、母親役の面目が立ちましたわ?」
「負けた……。こんなのに負けたぁ……っ!」
すっとぼけたお茶姿を晒す――ご丁寧にお尻の下にはハンカチーフを敷き、斜めに揃えて流した脚の爪先では、座布団を足乗せに使っている。ベンチを卓袱台として扱うべき正義は未だ姿を見せず、タイムリミットだかXデイだかまで惰眠を貪る腹らしい――母体を絶望の眼差しで眺めるランセリィ。がっくりと突っ伏し、打ち拉(ひし)がれ切った様子で、もそもそと卓袱台の下に身を埋(うず)めていこうとする。
その頭を撫でてやりながら、茜は彼女の口にも、胡麻煎餅を放り込んでやるのだった。
「んじゃ、一段落した所で、カレー作ろうぜ」
※「仰られた」の誤用は、わざと。
○おまけ設定
手鏡型の物より、さらに難度が高くて優雅とされているのが、「裏底に鏃型の窪みがある平皿」型のテイル・プレート。手の甲に乗せて持っているような感じ。
posted by 謡堂 at 09:40| ★名称未定(短編など)
賢母シェリスエルネス & ランセリィ語検定
お題:夏バテに負けないよう、ランセリィにカレーを作ってあげよう。
シェリスエルネス
「見なさいな、茜。
私(わたくし)がその気になれば、玉葱の微塵切りだって、お手の物ですわ。
フフン♪ 涙など一滴も流すものですか! 爪を水で濡らすと良いのですわよーっ♪」
※包丁代わりに爪で切っているらしい。ノリノリ。
木戸茜
「……確かに、見事なもんだ。
お前さんが微塵切りにしているそれは、玉葱じゃなくって、タケノコだけどな」
ランセリィ
「そういう汚い料理の仕方、やめてよね。
シェリスの爪の垢なんて食べさせられたら、マゾ牝になっちゃうじゃない」
○おまけ
「秘技、オニオンの降らぬ雨!」
くるくると回転をかけられて、ボウルの上に放られたタケノコである。
予想される軌跡を魔姫の不敵な笑みがなぞったかと思うと、その上を無数の爪閃が通り過ぎる。一瞬の後、ボウルの中には微塵切りにされた鳥の子色の物体が、山となって降り積もっていた。
無慈悲にして迅速なる截断(さいだん)であった。これでは仮にタケノコが断面から悪魔的なアリルプロピオンを分泌する能を備えていたとしても、あまりの業(わざ)の鋭さに、そんな暇(いとま)は与えられなかったであろう。
「で、そのタケノコというのは、刻んでカレーとやらに入れても無害なものなんですの?」
とりあえず、思いついた技名は叫んでみたかったらしい。都合良くタイムラグを挟んで茜の指摘を受け入れてから、けろり、とした風情で確認を取ってくるシェリスエルネスだ。
「どうだかな。そいつはピーマンやらダシだの醤油だのやらとつるんで、カレーを和風味に変えてくる、ならず者だからな……」
まあ、と驚いてみせて、常夜の姫君が腕を組む。
「それは問題ですわね。今後の相応しい処遇を考えねば」
難しい顔をし、南瓜(カボチャ)と睨めっこ――それはピーマンでは無いと、どのタイミングで告げるべきか?――をし始めた魔姫を放っておいて、茜はやれやれと首を振った。
実の所、シェリスエルネスのミスは茜にも責がある。ランセリィに食べさせてやる初めてのカレーが、はたして普通のカレーでいいものかとスーパーで悩んでしまったのは、彼女であった。結果、アパートのキッチンには、割と関係無さそうな食材まで並んでしまっているのだ。
(何でか、茄子もしめじも有るなぁ……。やべぇ、和風以外に作っちゃいけねぇ気がしてきやがった)
味付けについて考え込みながら、サバイバルナイフでジャガイモの皮を剥き、生の状態のまま親指を使って適当な大きさに握り砕いていく。意識が他所に行っている所為で、普段のガサツな調理方法がそのまま出てしまっていることに本人は気づいていない。同業者と組んで野営をする時など、お上品にナイフでイモをカットなんてしていたら、かえって馬鹿にされてしまうのだ。
「じゃあ、わたし、具材を釜茹でにするのをやるねっ。栄養素を生かさず殺さず、最適の加熱で甚振ってやるーっ♪」
特訓から解放されたランセリィは絶好調だった。
ちょこまか動き回って良いとなれば、正(まさ)に水を得た魚。暫く使っていなかった鍋をゴシゴシと手際よく洗い上げ、コンロ代わりに鬼火のように練り上げた月焔らを精妙な操作でその周りに浮かべて、今や準備万端、と具材や水の投下を待っている。
押し入れと化していた戸棚まで開けて、他の鍋やら鍋に代用出来そうな物やらを引っ張り出しているのは、暇になったからなのか、それとも、味付けが決まらずに複数の種類を作るのを見越してのことだろうか?
(一度に食い切れねぇ程作るってなぁ、上手くねぇよなぁ)
実物を見知っている唯一の人間として、茜は全体の統括を任されている。
可及的速やかに味付けを決定し、シェリスエルネスと連携せねばなるまい。
その間、ランセリィが悪戯っ気を起こさぬよう、気を逸らしておくことも必要だろう。
「……野菜の王様が何かを命令すっと、必ず口答えしてくるイモって、な〜んだ」
「いきなりクイズだ! う〜んとね……?」
シェリスエルネスまで手を止めて考え込み始めたが、それはそれで不都合ではないだろう。
○おまけのおまけ
木戸茜
「どんなに意地悪で顰(しか)めっ面の婆さんでも、一口食べたら『うまいぞー!』って叫んじまう人界のお菓子って、な〜んだ」
ランセリィ
「ん〜ぅんう?」
posted by 謡堂 at 07:36| ★名称未定(短編など)