2008年07月17日

百物語・全知全能の神の怖い物 /復讐と刑罰の魔王 ザーバッハ (魔が堕ちる夜)

 
 宇宙を統べる全知全能の神とやらを一つ怖がらせてやろうと思ってね、怪談勝負を仕掛けたことがある。
 だが奴め、どんな話を聞かせても一向に眉一つ動かさぬ。
 宣っていたよ。この世で最も恐ろしいのは人間の存在だと。それに比ぶれば真夏の蜃気楼の如く儚いお伽話の数々だったと。
 肌色で気持ちが悪い。失敗作だが間違えを認めるのもプライドが許さない。
 だからエデンの園で、衣服を着るように知恵を与えてから追い出してやったのだと。

 ある日、ふと地球を見たら、地表を食い潰すほどに蔓延っていた。怖くなって目を逸らした。
 ある日、ふと月を見たら、奴らが象徴と仰ぐ旗が燦然とはためいていた。自分に祈るべき神のいないことを初めて呪った。
 ある日、おそるおそる海王星を見たら、付近をボイジャー2号が飛んでいた。宗教だ、最早宗教に走る以外に心の平穏を得る道はない。

 鼠算的に数を増やしていくのが悍ましい。やがて宇宙全土に犇めくのだろうと、頭を抱えていたとも。

 その上、奴らの犯した最大級の禁が、夜毎に彼に一発の鉛弾の詰まった拳銃への耐え難い誘惑の思念を迸らさせるのだそうだ。

 曰く、人間同士の絡みを描いた悍ましい書物があると伝え聞き、魂が凍え心が折れた。
 神とて慄然たる焦燥を禁じ得ない万魔殿を遙かに越える醜悪な所業を克明に綴り、知性体には到底理解し難い繁殖への旺盛な意欲を悪夢じみた芸術に高めんと奮起する忌まわしき書物の一群が。

 おお、おお! 造物主の呪いを受けし者どもが、かくも仔を孕む! 高らかに退嬰的な交配の素晴らしさを謳い、腰を打ち付け合わせる渇き汚濁した宇宙的恐怖の根源たる湿音が響いてくる――。フルートではない、狂ったキューピッドの吹き鳴らす背徳のトランペットだ! 腐敗を極めたキャベツ畑で、近親婚を繰り返して原形を留めぬほど畸形化したコウノトリに似た別の何かが生への侮蔑に満ちた甲高い嬌声を上げるのだ!!

 正に涜神の究極系、癌の癌細胞たる由縁、フランケンシュタインの古来より被造物は創造主に弓を引かねば気が済まぬのか! 怖い怖い、と。

 些か露骨過ぎる催促だったのでね、無視した。余の完敗だ。
 
posted by 謡堂 at 11:56| ◆聊枕百物語