2008年07月17日

百物語・蟻男 /ミーティ (魔が堕ちる夜)

 
 幽霊なんて、出られても鼻で笑うボクですけれど。
 ギルバ様が付き合ってやれと仰せであれば、一つくらいは話しましょうか。
 ギルバ様が付き合ってやれと仰せですので、一つくらいは話しましょうね。

 皆さんの家のダイニング、天井に蛍光灯があると思うんですけど、カバーはどんな形状ですか?
 これはフードタイプの――隙間のない密閉タイプってことですね、家に住んでいた、とある男の話です。

 このタイプは内部に埃が積もらない、羽虫が入り込まないと重宝されます。
 ところが隅などに罅が入ると逆に悲惨で、光に誘われた蟲が中に溜まっちゃうんですよ。

 特にこの時期、近所に蟻の巣があると大当たり。繁殖期なので、巣から飛び出してきた羽蟻がわんさと突撃してくるんですね。
 虫って頭が悪いですし、入り口は一カ所にしかなくて中が広いから、彷徨ってなかなか出られないんですよ。勿論幸運な連中は脱出できるんでしょうけど。

 夕飯時なんかに見上げると、白いアクリルカバーをスクリーンに無数の黒い点が蠢いていて、なかなか見物だそうです。

 ……あれって、ずっと電気を点けて一思いに焦死させてあげるのと、人間の生活通りに点けたり消したりして、永劫の苦痛に一時の休息と低い脱出のチャンスを与えてあげるのと、どちらが慈悲のある行動なんでしょうね?
 ん? フードを取って中の羽蟻を全部外に出して助けてやってから、罅を塞いどけ?
 あはは、その発想はありませんでした!
 そうだねぇ、そういう君には全く縁のない話かも知れないな。
 君の家で白蟻が繁殖しないように祈ってあげよう。
 この男はね、全く逆のタイプだったんだ。続きを聞けば、すぐに分かりますよ。

 さて、そのうち、哀れな犠牲者たちの大半は蛍光灯の熱で死にます。
 夏が終わった辺りに干涸らびている黒い残骸の山を、カバーを外して掃除機でザザーッと吸い取るのが住人の嗜みです。
 ホースの内部に硬い死骸の当たるコッコッコッて振動が手首の骨にまで響いてさ、まるで蟻の頭に恨みを篭めて直に小突かれているような気分になるのだとか。

 で。
 よせばいいのにその男、毎年のその行事が楽しくなっちゃったんだ。
 もっと、もっと、もっともっと、この感触を味わいたい。奴らが死に瀕して足掻く様を、安全な地獄の外から、ずぅぅっと観賞していたい。
 それには絶対的に死骸の量が足りなかった。

 ついに思い余って、大型のライトスタンドを改造した集蟻灯とでも呼ぶべき器具を庭に設置してしまったそうです。あ、ちなみに、彼が住んでいるのは一戸建てです。

 大量って言うのかな。
 場所が虫の生活圏内ですからね、室内照明とは比べ物にならない収穫だったそうで。

 子供が覗いたら泣きますね。天井の一カ所にだけ穴の空いた丸いボールカバーの中に、溜まるわ溜まるわ、昆虫の群れが。酷い時には、下に黒い亡骸が夥しく降り積もって土になり、その上だけを地蟲やら蛾やら飛んで蠢いていたそうです。食料には困らなさそうですけど、電球が側にありますからね、熱くて、やっぱり脱出しようとバタバタゴツゴツと暴れ回りますよ。それを眺めるのと、夏の終わりに掃除機で吸い取るのが、男の無上の娯楽になりました。

 昼間も灯りは点けっぱなしですよ。何故ならば、夕暮れから夜にかけての男性が出社していて不在の間を、飛んで火にいる虫たちの狩り時に当てていたからです。

 そして本番は深夜。
 会社勤めから帰ってきては、電球カバーの内部でざわざわと蠢く虜囚たちを、じぃぃぃ、っと見つめていたんだってさ。一晩中。
 稀に大きな百足やらの『大物』がかかっている事があるのが、手応えを感じられて楽しいのだとか。

 それからというものです。

 彼はその残虐な趣味にのめり込み始めました。

 寝不足の所為か、目は落ち窪み、時折、眼光がギラギラと剣呑に輝くようになります。
 奥さんの心配もお構いなし。
 他の奇行も目立つようになりました。

 台所のサッシは必ず薄く開けておく。羽蟻が忍び込み易いように。
 蚊や蝿がダイニングを飛び回っていても、ドアを閉めて件の蛍光灯の方へ手で追いやるだけで、相好を緩めて喜ぶ。夏の前には桶に汚い水を張って庭に置いておく。
 極めつけは家の前のマンホールの蓋を開けて、下水道に集魚灯を吊してみたことでしょうか。

 ゴキブリホイホイにも嵌っちゃって、わざと洗い物や生ゴミを放置したり、カップラーメンの容器をそのままにするようになってしまったりね。夏場ですよ? 饐えて堪った物じゃないと思うんですけどねー。

 蟲は欲求を満たしてくれる、お客様。耳掻きをする時、垢が溜まっていた方が大きいのが取れて楽しい。フケを落とすとき、小粒な粉より、大粒な欠片がボロボロ零れた方が嬉しい。そんな感覚だったんでしょうね。

 手作りだった照明は、いつしか本格的なガーデンライトに。
 罅穴は蛸壺の入り口の如く巧妙な造りに。脱出できる蟲は居なくなったそうです。
 それを幾つも庭に並べて。……夜の漁船じゃないんだから、と苦笑しておきましょう。
 電源のスイッチは夕方から三十分毎に、一時間の休憩を挟んで自動で切り替わるよう改良されました。生かさず殺さず、近い三つ同士でローテーションさせて、罠の網は常に張られている状態にして。男の帰宅前に焼け死なれていては興醒めですからね。
 ちなみに。餌も用意していたそうです。蜂蜜や生肉なんかを内部にね。
 情熱的ですね。

 ご近所から苦情が出るかと思いきや、そんなことは無かったそうです。それまでは普通の会社員でしたし、夜も明るければ防犯になるとでも思ったんでしょうね。おそらく、ご主人がガーデニングに凝り始めた、程度の認識だったのでしょう。生贄を集めようと、豪勢な花壇も作っていましたし、実際間違いではありません。

 だけど今じゃそいつの家、ポールに長いゲジゲジが巻き付いてじっとしているような、ドアノブから太った蜘蛛が垂れているような、不気味なお屋敷になってしまったそうですよ。
 壁面に黒い灰がチリチリ舞っているからどうしたのかとよく見たら、蛾の集まりだったとかさ。

 こうなると……どちらが飼われているんでしょうか。あれ。確かに蟲は、今では季節を問わずに大量に焦がし殺されていますけど、それを上回る量の同族たちが、男の家を中心にコロニーを形成している訳で。共生関係としては上等な部類ですよね。餌を用意する、代わりに娯楽を提供する、言葉にすれば非常にシンプルです。

 まぁ、いいや。
 些細な事から歪んだ精神の行き着く果て、無惨に殺された虫たちの呪い、そんなフレーズで話を締めましょうか。

 男は相も変わらず、ですよ。蛆虫を大量発生させたいって言って、肉を大量に買い込もうとしたり。流石にお嫁さんと大喧嘩。毎晩怒鳴り合って、近所の耳目も集めたみたいです。

 ……奥さんですか? それっきり蒸発してしまって、未だに行方不明だそうですが。何か。

 ふくよかな方だったそうですよ。
 
posted by 謡堂 at 12:01| ◆聊枕百物語