2009年01月01日

百物語・消されなかった蝋燭 /パルセイズ

 
 ハン、これだから、読者への便宜上仕方なく日本語喋ってます、って連中は駄目ね。
 ここまで百物語をしてきて、誰も話し終わった後に蝋燭を吹き消していないじゃない!

 あんま伝統文化舐めんじゃないわよ?
 特別にあたしの有り難い体験談を披露してあげるから、しきたりを破る恐ろしさを心に刻んで、古来よりの存在に対する畏怖の心ってのを取り戻すといいわ。
 ……ま、ずぼらだった連中はもう手遅れだけどね。

 ところで、何で百物語で百本も蝋燭を吹き消さなきゃならないか、知ってる?
 単に何話話したか数えるのに便利だからとか、段々暗くなっていくのが怖くて面白いからとかって理由じゃないの。土台、人間風情が怪異見たさに儀式を行うなんて身の程知らずの極みでしょう? だから、呼び出した何かや前座扱いで語った妖怪変化の怒りに触れて殺されないように、予め自分の命、の身代わり――まさか蝋燭が人間の命の比喩に用いられるなんて説明、しなくていいわよね?――を差し出しておいて、この通りですからどうかお許し下さいって命乞いをしておく必要がある訳よ。土下座と同じ感覚ね。地べたを這いずる虫けら共にはそれでも全然足りないけれど。
 そんな説は聞いたことも無い?
 ハ、中身スッカスッカのへちま頭の分際で糞偉そうに吹かないことね。
 他ならぬ、この雷粧姫様がそう受け取っている。だから、百物語で呼び出されても、きちんと蝋燭を吹き消していたら命だけは取らないでおいてあげるわ。徹底的にビビらせてこちらも愉しませて貰うけどね。

 さぁて本題。怪異の逆鱗に触れた人間が酷たらしく死ぬっていう愉快なお伽噺よ。
 むっかし事情があって人間の寺子屋に通わされてた時にさぁ、女の子で集まって百物語をしたのよね。先生の許可を貰って夕刻から集まって、普段は文台並べて読み書き算盤を習っている座敷に布団を敷いて、車座んなって中央に幾重もの円にして蝋燭立てて。
 きっちり百本。商人の娘がいてさ、高いもんなのに、よくも集まったもんよ。

 なかなか楽しかったわよ? 皆可愛いあたしの舎弟だからさ、雰囲気を出してあげようと親心を出して、十話進む毎に一回くらいの割合で、近くに雷を落としてやったの。ガラガラッ、ピシャーン! ドンッッ!! ってね。途中で止めようなんて言い出す裏切り者が出ないよう、百物語を半ばで投げ出した奴らの悲惨な末路を直々に聞かせてやったりもして。
 いやぁ、盛況盛況。あたし以外に七人居たんだけど、全員ぶるぶる震えて肩を寄せ合って涙で顔をくしゃくしゃにしてさぁ。ほんと見物だったわ。それであたしはこう言ってやるの。

 ――ハン、今ので六十九話目。次の話が終わったら、また雷が落ちるって寸法よね。
 ――ね、ねぇ、さっきから、この季節に雷様が鳴るなんておかしいよ……、音も何だか段々ここに近づいてきてるみたいだし……っ。もっ、もう、やめよう? ね? ねっ?!
 ――それで、全員揃ってあの世に引き摺り込まれるって訳? あたし、嫌よ。続けましょうよ。ほら、次はそこのアンタの番じゃない。
 ――ぅ、うん、話はぁ用意してきてっけど……、あたいもこわいべよぉ……。
 ――そうならなきゃ意味ないわよ。あぁ、そうだ、こんな怨霊の話、知ってる? 百物語の参加者で、集まる途中に命を落とした奴が成るの。幽霊の分際で何食わぬ顔で座に加わって来てさぁ……、色々あった挙げ句に出席者達は後になって報されるのよね、一緒に怪談で盛り上がっていた奴が、その晩には堀に嵌って死んでいた筈だって……。
 ――質の悪いのになると……、あれこれ理由をつけて怪談会を途中で止めさせようとするそうよ。他の連中が迂闊に説得されて腰を上げると、前の番で話した通り、途端に地獄の閂が……っ、もしかするとこの雷ぃ……も……っ!(驚かそうと細腕を広げるあたし)
 ――ヒィッッ!! 鳴ったあっっ、またゴロゴロって鳴ったよぉぅっ!
 ――おっと危ない。ちゃんと左回りの順番を守らなきゃ、祟られちゃうわ。ところで何で左回りだか知ってる? それはね。死人に着せる装束が左前だか……、
 ――春ちゃん! 小春ちゃん! もうやめてええええっっ!!
 ――は……る……ちゃ……?! 障子に映った、影……ッ、角っ、生えてる……っっ!!
 ――さぁ? 見えないわ。早く次の話を始めなさいよ。

 ちなみに小春ってあたしの人間名ね。姓が必要な時は立ノ宮(たつのみや)。
 ハン、抹香臭いったらありゃしない。

 で、最後の蝋燭が消えて真っ暗になった時に、おもむろに龍神としての正体を現して、少しだけ威かしてから一人攫って隠しちゃった。
 そのまま後で酒の肴に頭からばりばりやってやるのも魅力的だったけどね。神隠しだの人死にだのを出すと騒動になって面倒そうだから、パニクってるご学友を適当に言いくるめて、でっちあげの呼び戻しの儀式をさせて、連れてったのを返してあげたの。そしたら、何を勘違いしたのかその子たち、あたしを密かに崇めるようになっちゃった。ま、万事丸く収まってるんだし構わないわよね。子犬が親犬を殺した人間に育てられて懐くみたいで、本当に可愛いわ。市井で暮らして人間からの信心の集め方を学んでこい、っていう悪龍妃の課題も達成できたことだし、有意義な夜っちゃぁ、有意義な夜だったのよ。

 ……あたしはそれで満足してたから、それ以上何かをする気は無かったんだけどね。
 困ったことに話が続くのよ。

 その時、そそっかしいのがいて、自分の話が終わった後に蝋燭を消し忘れたの。
 半年後だったっけ、そいつは流行病でコロリと逝っちゃった。
 何故だか、その屍を荼毘に付した火葬場では、途中で火が三回も消えたそうよ。

 その時、次の番だった女の子。
 自分の話の後に、前の蝋燭が消されていないのに気がついて、二本同時に吹き消したの。
 やっぱり半年後だったわね。道を歩いている時に家の外壁に立てかけてあった材木が倒れてきて脳天に見事に直撃してさぁ。お陀仏。割れてぱっくり開いた頭から流れ出した血が、逆立った髪の毛にこびり付いて固まって、まぁ、炎の灯った蝋燭のようにも見えたわね。いつも洗いすぎで色の薄れた白っぽい着物でいる奴だったし。
 ……消さなかった分は取り立てられて、消しすぎた分は返されるってこと? 案外良心的。

 その時、あたしは思っていたの。
 あの百物語で呼び寄せられた妖のどいつかの仕業だろうとね。
 人間が怪現象の前に倒れ伏すのを見るのは気持ちがいいけれど、大した痛手じゃなかったとはいえ、あたしにとっちゃあ、意のままになる子分をみすみす二人も奪われた訳で、気に入らない話じゃない。下手人に文句の一つも付けてやろうと思って、裏竜宮の権威に物を言わせて方々を捜して回った訳よ。だけど、全然手がかり無し。お手上げ。ご同輩の仕業じゃぁ無かったみたい。
 ……だったら罰を与えたのは何よ。気味が悪いったら無かったわ。

 ま、こういう事があるから気をつけろってぇ、徳のある訓話にはなりましたとさ。
 めでたしめでたしね?


 あによ。結局、不思議な力の働いていない、偶然の出来事だったんだろうって?
 ……へぇ。
 アンタ、この雷粧姫様の見立てが外れてるってぇ言いたいわけね、いい度胸じゃない。
 だけど残念、おまけの話を聞いたら、その解釈は怪しくなるわよ。
 恥だから隠していたけど、聞かせてやるわ。

 同じ時期、二人のお通夜が終わって寺子屋に日常が戻ってきた頃の話よ。
 珍しく一番乗りしたあたしの文台に饅頭が二つ、置いてあったのよ。
 まだ人気のない部屋で、盆に乗せてぽっつりと。
 本当は甘い物なんて嫌いなんだけどね。供えられた物は残さず頂く主義だから、ありがたく手を伸ばさせて貰ったわ。手習い仲間の誰かが気を利かせたんだろうと考えてね。

 胃袋に収め終えてから、はたと気づいたの。
 流石にゾッとした。

 その饅頭、あたしがあいつらの棺桶に入れてやった奴じゃない。貧乏人にゃさぞかし御馳走だろうと、お情けで。……燃やされて、とっくに灰になってなきゃおかしいっての。
 間違いないわ。見慣れすぎてて気にも止めなかったけど、鱗紋入れた裏竜宮の菓子なんてのが、一介の寺子屋風情に何の気無しに置いてある筈がないもの……。

 ったく、香典返したぁ、真似がしけてんのよ。
 何よりも、約束事を決めて従わせていいのは強い方だけだってこと、分かってないわね。
 
posted by 謡堂 at 08:37| ◆聊枕百物語