2009年01月31日

百物語・二人の妊婦 /ヤキナ・オブゼ(の童話) (シニスター・ソワレ)

 
 ある所に二人の妊婦がおりました。
 一人は富豪の、もう一人は貧民のです。
 人知れぬ荒野での出来事です。
 そこは食料になるような物は何もなく、飲み水を調達する当てもない場所でした。

 富豪の妊婦は飢えておりました。
 目的地へ向かっている途中で、持参していた食料が尽きたのです。
 このままでは栄養が足りなくなり、お腹の子を産むことが出来ません。
 と、その時。違う方角へと向かっている貧民の妊婦とすれ違いました。
 その腕に抱えられているパンを発見して富豪の妊婦が目を輝かせたとして、誰が責められましょう。普段口にしたこともない粗悪なパンでしたが、背に腹は替えられないのです。
 彼女は貧民の妊婦に頼み込みました。
 どうか、産まれてくる我が子の為にそのパンを譲ってくれ、と。

 貧民の妊婦は思いました。
 このパンは我が子を産む栄養をつける為の物。他人に渡す訳には行かない。
 断ろうと彼女は口を開き――、

♪ 道化師 ひょいと顔を出し 背後から貧民の妊婦の耳元に囁きかける
((おっと、お待ちなせぇ、お腹のおっきなご婦人さん。薄情な真似ぁ、しちゃぁいけやせんや。他所の子だって可愛いざんしょ? 救いの手も差し伸ばされずに見殺しにされちまう程の、どんな罪があるってんですかい。産まれてくるアンタのお腹のお子さんに胸ぇ張る為にも、ここは一肌脱いで、両方の子供に日の光を拝ませてやろうじゃあ、ありやせんか!))

 ――。断ろうと口を開いた貧民の妊婦でしたが、それもそうだと思い直し、どうぞ、とパンを半分に割って片方を差し出しました。
 富豪の妊婦はお礼にと、持っていた金塊を削って、半分差し出しました。
 二人はそこで別れ、別々の方角へと去っていきました。

 荒野を抜ける時、二人は同時に出産しました。
 生まれた子供は――、どちらも未熟児でした。長くは生きられそうもない。


 貧民の妊婦はその子を大切に育てました。

 富豪の妊婦はその子を捨て、健康な二人目の子供を産みました。


 数年後、とある町での出来事です。
 食物も水もそれなりに溢れ、貧富の差もあるごく普通の平和な町でした。

 ある日、道を通っていた貧民の妊婦は、偶然、表通りのカフェテラスで友人と談笑している富豪の妊婦を見つけました。その裕福で幸せそうな姿に妬みを覚えはしたものの、もう自分には関係のない人だと思って通り過ぎようとした貧民の妊婦です。
 が、本当に偶然、富豪の妊婦の言葉を耳にしてしまったのです。
「昔、薄汚いパンを食べて、子供を産み損ねた。もう二度と、あんなパンは食べたくない」

 踵を返した貧民の妊婦は、テーブルのナイフを掴んで富豪の妊婦に飛び掛かりました。

 おやおや、周囲の人に取り押さえられてしまいましたね。巡回判事まで現れて、妊婦を傷つけ店を荒らした罰として、強制労働を言いつけられてしまいました。


((ゲタゲタゲタ!))
 この世ではない何処かにて。この世の者とは思えない怪物が腹を抱えて嗤っています。
 愉快痛快、それ拍手喝采、と。
 姿形こそ違え、それは、あの道化師でした。

 おっと、呪いの言葉を吐き散らす貧民の妊婦を興味津々で囲んでいた群衆から、モノクルをかけた痩せた老紳士が中央に歩み寄りました。罪人に何かを握らせています。
 何でしょうか?
 
posted by 謡堂 at 10:49| ◆聊枕百物語