2010年01月18日

百物語・ 新蠢憎悪ショー・シデムシ /語り手知らず (怪集/2009、投稿)

 
 歳月を積もらせた家電製品は、半ば幽世(かくりよ)の存在と化すという。
 我が家の年季の入った短波ラジオ殿にも、若干、そのきらいがあるようだ。
 時折、蟲が孵って卵の皮を食い破るような音がしたかと思うと、勝手に電源ライトが灯り、得体の知れない放送を拾って流し出すことがある。

(プチン)

 ――あなた、あなた。「副社長への就任祝いに職場から貰った」と仰って大切になさっていたロレックス、本当は料亭の女将さんから頂いたのでしょう? 質屋に流しておきましたからね。

 ――あなた、あなた。あたくしに隠してローンを組んでいましたね? 何ですか、デレデレと愛人に小屋敷なんて贈ってしまって。きちんとシロアリを撒いておきましたからね。

 ――あなた、あなた。呆れ果てました。同じ方にスポーツカーまでお贈りに? 運転席のシートの中に、スズメバチの巣箱を消音マットで包んで詰めておきましたからね。狭くて可哀想ですけれど、スピードメーターが時速百三十キロを越えると座席の裏側にある蓋が開いて自然に車内へ解放されるようになっていますので、どうかご安心くださいな。

 ――あなた、あなた。知っていらして? 最近の台所の油虫は廃油を食べるんですって。ご近所さんたちは、石油コンビナートで大量発生されたら困るわねぇ、だなんて心配なさっていたけれど、あたくしはブレーキオイルのタンクの中に入り込まれる方がよほど恐ろしいと思いますわ。えぇ、車の。ボンネットを開けた所にある栓から、ポチャン、ポチャンと。あれが減るとブレーキが効かなくなってしまいますものね? あたくし達は安全運転ですから、さほど酷い事故には繋がらないと思いますけれど。

(カチャッカチャッとお皿を用意するような音がラジオから響いてくる)

 ――あなた、あなた。そのままで、ちょっと聞いてくださいな。うちのミケったら、最近あたくしのあげるキャットフードに舌をつけないのですよ。お隣が豪勢な残りご飯ばかりあげるものだから味覚が肥えてしまって……。毛繕いをしてダニを取ってあげるのは飼い主ですのに……。お仕事、お疲れでしたでしょう? 今日の夕飯は、ドレッシングを和えたフタトゲチマダニの生苗床の踊り蒸し焼きですよ。レンジでチンして二人で一緒にナイフを沈めましょうね。

 ――あなた、あなた。海外出張のお土産だと仰っていたスウェーデンのクッキー、本当は部下の橘女史から頂いたのでしょう? テーブルの上に開けて、蟻に集らせておきますね。岳志が一人立ちしてからというもの食卓が寂しかったので、久し振りに賑やかで嬉しいです。さぁ、貴方たち、遠慮せずに、たんとお食べなさいね?

 ――あなた、あなた。温暖化で沈んでいく観光島のニュースなんか、そんな食い入るように見詰めなくとも良いじゃありませんか。巷では現地の寄生虫による病気が流行っていたようですけれど、行っていなければ無縁な話でございましょう? あなた、仕事、仕事、出張、仕事、出張、でお忙しくて、あたくしが幾ら強請っても都合が付きませんでしたものね。

 ――あなた、あなた。ところで何時の間に、うちの両親を借金の連帯保証人にしていなさったのですか? 四億円ほど、だなんて、一体全体、何に入り用に……? うふふ、丁度、寄生虫病の治療薬、二人分のお値段に、ぴったり。

 ――あなた、あなた。あたくしの父母は首を括りましたよ。涙の雫で虫食いだらけの遺書には一言、肩代わりした債務の返済に追い立てられて経営していた紡績工場の資金繰りに行き詰まった、と。縄の代わりに長くて太い、血が濁ったような色合いの大百足を巻きつけておりました。選りに選って、いっつも実家の庭先をうろつき回っていた薄気味悪いあのヌシ蟲を使うだなんて、麻を縒り合わせたロープを買う御足すら残っていなかったこと、あたくし、ちっとも知らされておりませんでしたのよ、あなた。暴れた百足の針金のように硬くて鋭い脚が衰えた老人達の首の肉に食い込んで、それはもう、まるで静脈や動脈がザワザワと無数に波打ち走っているかのような悍ましい光景でしたとも。

 ――あなた、あなた。想像お出来になって? ワヂャワヂャと盛んに肌の上で狂い踊る束子の穂先達が、一度ズッと突き刺さると、蛸壺に嵌った蛸のように引き返せなくなってしまうのを。ズルズルと残りの部位までもが首の筋肉の内側に飲み込まれていってしまうのですよ。付け根すら見えなくなるほどに、深く。あれは古い樹木の皹割れた肌。果汁を絞り損ねて鬱血した腐りかけの柘榴の実。耳下の胸鎖乳突筋に挟み潰されて窒息した沢山の糸蚯蚓の群れが外に出たいとお蕎麦状に肉を盛り上げて、皮膚を破り切れずに無念の断末魔を叫んでいるみたいなのです。お饅頭の皮の薄い所が幾つも幾つも、笹の葉のように縦長く……。覗いているのは餡ではなくて、甲殻類じみた逞しい節足の、艶を帯びて蠢き光る死肢ですけれど。菌糸の珊瑚が咽頭の中で蔓延って、系統樹にも似た先端を空洞に収め切れずに、喉仏を裂いて外に生やしておりました。うなじの僧帽筋は少し硬かったのかしら。折れた脚が苔色の体液を滴らせながら、大きな爪楊枝になって刺さっていますのよ。ぷつぷつと。下手な手習いの針山の如く。梁から遺体を降ろしても、出来の悪い甲冑のようにボコボコとした醜い胴殻の段差の痕が、いつまで経っても首から消えません。両親から離れてくれないのですよ、あなた。

 ――あなた、あなた。そんなに頭を下げて謝らなくても、ようございます。仕事の虫だった夫の大切な大切な会社には、埋め合わせに妻から辞表を届けさせて貰いましたもの。その退職金で両親に立派なお墓を建ててあげることができますの。蛆も魍魎も、これ以上入り込んでくる隙間のない、それはそれは大層立派な奥津城を。不出来な娘としては、感謝しているぐらいですわ、あなた。

 ――あなた、あなた。話は変わりますけれど、結婚記念日を覚えていて下すったのね。素敵な呂色の着物を、どうもありがとうございます。早速、身につけて給仕をしてみてあげているというのに、お世辞はまだなのかしら。だけど、不倫相手の倉持さん。これの襟元から彼女の匂いが漂ってくるのはどういう訳ですか。話に聞いていた紅い蝶の柄もありません。きっとあの方、あたくしに着せるために選んでおきながら、我慢できずに先に自分で袖を通しておしまいになられたのね。あら、男の方はご存じないのでしょうけれど、婦人の会では大変噂になっておりますのよ。とても美しい魂魄虫の舞う花装束。袖を通さずにはいられないけれど、もしも通してしまったら……って。いやだ、只の噂ですわ。それに祟りが起こるのは一度切り。最初に纏った人にだけ降りかかるそうですもの。残念でしたかしら? いえいえ、割りかし良い物ですよ、洗浄されても落ちなかった死臭の残り香という物も。

 ――あなた、あなた。懲りない人ですね。背広の脱いだ上着に見知らぬ誰かのキスマークがついている、なんていうのは古典的過ぎて、もう怒る気にもなれやしません。これはしっかり焼いておきますからね。

 ――あなた、あなた。おやすみなさい。弛んだネクタイの上に可愛らしいシデムシを置いておきますね。土が眼球に掛かって痛かったら、ごめんなさいね……。

(プツン)
 


○修正点
・「歳の積もった家電製品は、」→「歳月を積もらせた家電製品は、」
・「涙滴で」→「涙の雫で」
・「引き返せなくなってしまい、」→「引き返せなくなってしまうのを。」


・掲載ページ
 http://www.kaisyu.info/2009/list/19.html

○遺伝元
・楽園 (ラ・フィン島の設定を拝借)
 http://www.kaisyu.info/2009/list/10.html
・紅 (着物の設定を拝借)
 http://www.kaisyu.info/2009/list/14.html
 
posted by 謡堂 at 23:20| ◆聊枕百物語