2010年06月30日

百物語 船攫い蛍 /話の採集者:裏竜宮の放蕩娘

 
 夜天にのしかかり、腫瘍に覆われた臓腑の如く蠢く黒雲。
 鳴り響く、龍の悍馳せの大音声。
 荒れ狂う嵐の海で標を見失い、途方に暮れる君よ。
 諦めずに、空を見上げて欲しい。
 きっと、耿耿と燦めく一つ星があるに違いない。
 北の導星が船乗りを見捨てることは、決してない。

 ……落ち着いて考えてみれば。
 雲の下に星が出ている筈はないのだけれど。
 それでも貴方は、北極星だと思ってしまうのだろう。

 正体は、海で命を亡くした者である。
 人魂、ということである。
 はたして、漕ぎ出した船を何処へ連れて行こうとしているのか。
 己と同じ黄泉路へか。
 はたまた、武妖集いし裏竜宮へとか。
 いずれにせよ、それは目指していた方角ではないだろう。

 古来より、船騙(ふなだま)ともいう。



 お生憎様。
 あたしは、目的地なんて決めないわ。だから、目印もいらない。
 進みたい方向が、正しい方向なのよ。自分で指を差した方角こそが、北なんだわ。
 
posted by 謡堂 at 22:02| ◆聊枕百物語