2010年06月30日

百物語 丹々灯 (たんたんび) /話の採集者:パルセイズ

 
 赤く赤く燃え盛る。犬の頭ほどの大きさで。
 夜道を行く者の前に現れて、ゆらゆらと揺れている。
 それは、人の世が腹に溜め込んだ鬱屈の鬼火。不平不満のどす黒い澱火。
 元は、一人の誰かが抱えていた感情なのだろう。
 何時から独自の意志を持ち、彷徨い始めたのか。元の主は、一体どうなったのか。
 答えず語らず、業々と辺りを染めている。
 そして、重く、重く。今にも地に擦れそうな程に低く、夜道で揺らめく。

 地摺りの焔。
 出逢っても、決して眺めてはならない。
 頤を引き、這いずる怨念を見下ろすならば、
 その者の臍下や腹腔も、重く重く、不快になっていくだろう。
 暗い火種が伝染ってしまうのである。

 血の色だ。何者にも染まらぬ、やり場なき忿怒の色だ。
 網膜が朱を差されてしまう。めしい灯とも呼ばれる由縁。
 路ノ怪は掻き消えようとも、それよりの日々、貴方の心の燻りが晴れることはない。
 余人の些細な仕草も笹穂の棘に。心を引き裂き流血させる。
 苛立ち当たり散らすのに忙しく、飯を己の口に運ぶことにすら、手が付くまい。

 身に余る怒りは、やがて宿主を自壊させる。
 骸からは、新しい火が芽吹く。
 そう、彼らは増殖するために、我々の前に姿を現すのだ。
 憂き事から目を逸らすのが、必ずしも悪しき行いだとは限らない。
 変えられぬ事物を見詰め続けるのは、毒を飲むのと変わらない。



 お生憎様。
 終始イライラしっぱなしのあたし様には、全く影響はないわね。
 限界のメーターなんて、とっくに振り切れてんのよ。
 チンケな火の粉なんぞが類焼できる余地は、ないってぇの。
 好きなだけ、前でフラフラしてなさい。夜道を歩く提灯代わりに、丁度いいわ。
 
posted by 謡堂 at 22:23| ◆聊枕百物語