2014年02月08日
百物語 海女緒抜き(あまおぬき) /語り手:裏竜宮のうわばみ
はい、お世話様。
和風ネタを独り占め、パルセイズ様よ。
海縛りを掛けても全然余裕。当分は、あたし様の天下が続きそうね――ずっと続いても、それはそれでブログの活気的に困るんだけど。
……どこぞの忍者共も、怪談ぐらいやんなさいよねぇ。
え? 「忍は影、ブログの陽(ひ)には当たるまじ」? ……ここってすっごい日陰じゃない。まぁ、いいわ。
さーて、あれは裏竜宮で新年会を開いた時のことだったわね。宴も酣(たけなわ)、皆、酔いが回って、テンションが妙な案配になってきた頃合いの出来事よ。
あたしだって、年がら年中、飲兵衛をやってる訳じゃあ無いわ。
ふと、真面目な思索に耽ることもある。
そう、どうにも隠し芸で、お酒を満たした陣笠達を傘の上で回すのも、マンネリだなぁ、って。ひっくり返して零れるのを一口で呑んでみせたり、回転中のを、ずらり、と並べて作った橋の端から啜ってみせたり、摩擦熱で燗をして振る舞ってやったり……、色々やり尽くした感があるし、だいたいそういう、ちびちびした呑み方って、この雷粧姫様には相応しくないなぁ、って。
思い立ったが吉日って言うじゃない?
早速、席を外して、餅搗きの臼でも探しに出かけることにした訳よ。
そしたら、座敷の出入りん所に邪魔な奴がいる。
開けっ放しになってる襖の真ん前でさ? 何を考えてんだか、出たり入ったり繰り返してんのよ。
不気味な奴だったわね。一瞬、首吊り死体が鴨居から下がって、ぷらぷら、してんのかと思ったわ。それだけ辛気臭くて陰鬱な雰囲気だったってこと。足音もさせずに、俯いて、ただただ座敷の内と外とを往復してんのよ。
両足でびっこを引いてるみたく、滑る、というよりは、ずり落ちるように前へ進んで、亀が油ん中で寝てるのかってぐらい重っ苦しく身を返す度に、畳の藺草の匂いに混じって厭な――魚の腐ったような臭いが吹いてくる。
人間的に言うなら……悪霊? 触ったら、見境無しに祟ってきそうな感じ。
蹴っ飛ばしてどかそうとしたら、驚いたわ。
悪龍妃なのよ。そいつ。よく見たら。あり得ないわよね、たった今、呑んだくれてる本人の隣から抜け出してきたってのに。現に振り返ったら、上座で管ぁ巻いてたし。
ま、あたしも少しは酔っていたんでしょうね。
ほっときゃあいいものを、「こいつはからかう絶好の機会だわ!」とか思っちゃって。
そいつの肩を掴んで、本物の悪龍妃の方へ向かせて、言ってやったのよ。
「ハン、悪龍妃! 酒量に押し出されて、あんたの節制心が彷徨い出てるわよ!」ってね。
したら、座がきょとんとして、それから爆笑されたわよ。
なんでよ? と思って偽者の方に振り返ったら、あら、不思議。ていうか、ムカツク。
そいつの姿が、悪龍妃の隣にでっかい図体を牛ぐらいに縮ませて座ってた虎魚入道になってるし。しかも、周りのことが分かってるんだか無いんだか、そのまま、あたし様を無視して、うっそり出て行こうとする訳よ。
だったらと思って、敷居を跨ぐのを引っ捕まえて座敷ん中へ向かせて、同(おんな)じように虎魚入道に見せてやろうとするわよね? そしたら、今度はまたまた、その隣でちょっかい出してた磯鬼に変わってる。
道化だわ。「アンタが二人いる!」って指差して騒いだら、実は別人と取り違えてましたってのを、何遍もやらされるんだから。
「お前は親の顔も忘れたのかい」とか、「俺みてぇな面は、この世に二人もいませんや」とか、あたしの方がバカにされちゃってさ。酔いどれ扱い。
つまんないから、放っておいて、厨房だか蔵だかを目指したわ。
したら、廊下を進んだ、そのちょっと後で、おかしいことに気づいて大騒ぎになってやがんの。あんの、ぼんくら共。
……何がおかしかったのかって、説明する必要は無いわよね? いくら人間のおつむでも?
全く。だいたい、妖が、簡単に姿格好を真似されてんじゃあないってぇの。
はい、お仕舞い。お粗末様。
後から考えてみると、どうも敷居を越えて出る時に姿が切り替わってたみたい。
何の意味があるんだか。
犯人は「海女緒抜き」よ。
別名、「違え蛤、亡行面(もっこうめん)、亡面來(もめんきぃ)、潮狐狸、海の芒、海尾花」。
普段は海女さんとかダイバーを嚇かしているわ。あれね、海の中で自分自身が正面から泳いでくるのを見つけて、ぎょっ、とするんだけど、よく見たら別人で、ほっ、とするんだけど、でも後から考えたらそれは実は、自分の後ろにいる筈だったり、先に上がったりしている筈の人間で、やっぱりゾッとするって奴ね。
やってることは皆が知ってるんだけど、目的とか本当の姿とかは誰も知らないのよね。
何なのよ、あいつ。
……うん? それより、臼の方に興味がある? どうなったって?
……あれは、駄目ね。重たい割りに、大して中身が入らないし。
五右衛門風呂が良い案配なんだけど、今ん所、一つ回すのがやっとだから、芸の幅が狭くなっちゃうのよねー。
posted by 謡堂 at 17:44| ◆聊枕百物語